2009-02-01から1ヶ月間の記事一覧

糀谷・Sさん

トウキョウにもまだこんなところがあるんだね。空港まで行く各駅停車のモノレールを降りて、おもわず彼女に呟いた。そこは下町そのものの風情を醸し出している町だった。駅まで迎えにくると彼女がいった意味が分かる。はじめての訪問者は道に迷うしかないだ…

江古田・Nさん

西武線はきれいな電車だ。乗るたびにいつもそう思う。しかしNさんのアパートは、カメラ機材と本とキネマ旬報に8ミリ映写機で散らかり、いつ行っても座るところが無い。NさんはN大の芸術学部に行っているはずだが、いつも部屋にいた。今日も8ミリを見せても…

志村三丁目・F君

「このコップの水は・・」とF君は、陽が当たらないアパートの一室でココアを練りながら続ける。「世界の一番簡単なモデルなんだね」コタツに入りながらぼくはうとうとし始めた。コタツの上には事実、水がいっぱいに入ったコップが置かれている。水は静かにな…

診察-4

ゴールはあるのだろうか?それが男にとっての一番の気がかりだった。今という通過点をいったい幾つ過ぎればそのゴールにはたどり着けるというのか。いや、そもそもゴールなどがあるのだろうか?・・とてつもないところに来てしまったのかもしれないと男は恐…

Goodbye

アンダーグラウンド「蠍座」の帰りにはコマ劇場裏のビルの地下、「木馬」に行くのが決まりのコースだった。団体客の人ごみをかき分けるようにして一歩裏の路地に入り、ひっそりとした地下に通じる階段をくだると、スポットライトにあてられたガラスケースに…

Knock Who's There

「時間」が「ある」のは、男が存在しているときに限っての話しなのか、男がそこに居なくても(もう存在していなくても)「時間」は「ある」といえるのか? 男はバーでウイスキーの酔いに任せてそんなことを漠然と考える。ぼんやりと、その「時間」の意味が分…

Temma Harbour

横浜駅の東口から馬車道を通り、レンガ作りの倉庫を横目に見ながら伊勢佐木町へまわったところに、取り残されたようにその建物は建っている。港町特有の汐の匂いとともに錆びれた鉄の扉を開けると、そのバーは開店したばかりのようだった。慇懃さと親しみの…

Those Were The Days

1950年にウェールズで彼女は生まれた。中央から分けた長いブロンドの髪に深い瞳と形の良いすらっとした脚、憂いを含んだような仕草は本国でも米国でもヒットチャートを急上昇させた。 大阪の万国博覧会に合わせて来日した彼女のコンサートの様子を映すTVの前…

診察-3

相変わらず迷路のような廊下を歩き、やっとその部屋をみつけて中に入った時、診療待ちの人の多さに驚いた。どうみてもまだ10代の少女から初老の主婦、太った中年男に20代後半らしいOLまで、みな一斉にこちらを見ては一瞬で何事も無かったように眼を伏せる。…

My funny valentine

新宿のアンダーグラウンド蠍座はいつも満員だった。電話で呼び出された男はその入り口で待っているつもりだったが、つぎつぎと吸い込まれるように地下に入っていく観客を見送っているうちに、約束よりも映画の方が気になって中に入ってしまう。名前は覚えて…