Temma Harbour

横浜駅の東口から馬車道を通り、レンガ作りの倉庫を横目に見ながら伊勢佐木町へまわったところに、取り残されたようにその建物は建っている。港町特有の汐の匂いとともに錆びれた鉄の扉を開けると、そのバーは開店したばかりのようだった。慇懃さと親しみのどちらともとれる表情でこちらをみるバーテンダーウイスキーソーダを頼む。変わっていく街を知る事は、変わらない場所を探す作業に通ずる。(もし「それ」が実在するとしての仮定のうえにいえば)男にはうんざりするほどの「時間」があるはずだった。追われるものも無く、追うものも無い。つまり存在自体が男には意味の無い事のようだった。それでも男は歩き、呼吸をし、飲み、眠った。それにいかほどの意味があるかも分からず、意味という言葉も忘れ、ただ、男は生きていた。
当時、その港町に男はしがみつくように生きていた。つまり男は果てしなくロマンチックだったのだ。
「夢見る港」は今日もネオンを輝かせているに違いない。たとえ疾うにその男がそこから離れてしまっていたとしても。