「男と女」

「結局紅葉を見るのじゃなくて人を見にきたようなものね」と彼女は言う。なぜか地下鉄で夕暮れの銀座まできたのだった。帰りの時間は大丈夫なのか先ほどから尋ねるのはこっちの役目になっていた。彼女はその都度何も答えずにいる。街灯に灯がともり先ほどの街とは違ったおもむきのネオンが仄めく。たしかにジャズを聴かせる店はあるのだろうがこちらはそのような気の利いた店には縁がない。先ほどからのふたりの微妙な距離を崩さずに歩きつづける。彼女はアヌークエーメに例えてもよいかもしれないがこちらはトランティアニにはほど遠い。途切れとぎれにテーマ曲を頭のなかだけでおもわず口ずさむ。これからどうすればいいのか。どうするのがいいのか。黒いスリップ姿でベッドでももの憂げに煙草をすうアヌークエーメのシーンを急に思い出してしまう。あわててその映像を頭の中でもみ消す。