診察-3

相変わらず迷路のような廊下を歩き、やっとその部屋をみつけて中に入った時、診療待ちの人の多さに驚いた。どうみてもまだ10代の少女から初老の主婦、太った中年男に20代後半らしいOLまで、みな一斉にこちらを見ては一瞬で何事も無かったように眼を伏せる。男はそれが流儀であるかのようにやはり眼を伏せがちにして順番を待つ。
男はまたノートを持参した。そのなかに何か話すべき言葉、今の自分を説明できるようなフレーズがどこかに書かれていないかを探す。しかし、すぐに男は諦める。ノートどころか、世界のどこにも今の男を説明できる単語はないだろう事を男は知っている。

その後、どうですか?・・・特にこれといって、話すような事がないかも知れません。手とか身体の震えは?・・・そういえば最近はあまり。ただ、気分はずっとどこかに本物があって、今の自分はニセモノの様な気がして仕方ない。眠れるようには・・・?以前よりかは少し。それによく夢を見る。見るというより時々夢なのかいまの事なのか分からなくなる事がある。(少しの沈黙)
それに昔の事はよく思い出せるのに今日の朝に何を食べたのか、あるいは食べてないのかもしばらくは思い出せない。以前はあんなにあった食欲もあまり無い。先生、私はやはりおかしいんでしょうか?・・・そういったことはあまり自分で悩んだりしても仕方の無い事なんです。あなたは異常でもないですよ。・・・ただ、少しだけ「病気」というだけです。それだけの事です。(少しの沈黙)
気長にいきましょうか・・

ゴールはあるんですか?わからないんです、それが、
・・・薬はすこし増えますが、適量ですから心配なく。また来月に。もし、気分が悪くなったら予約なしでも来なさい。