久我山・M'

「最近なんか変なんだ」ぽつりぽつりと話しはじめる。ぼくはときどき自分の事を言語障害かと、半分本気で思うことがある。なに、なにかあったの?ーー以前からへんじゃない、とまぜっかえされるかと思っていたぼくは少しほっとする。近くの喫茶店に入った。あのさ、ときどき記憶がなくなるんだ。このまえ友達に確かに本を借りたと思ったのに、実はそんな事はなかったかもしれないとか、以前確かにヤマハカセットデッキを買ったはずなのに、ある日部屋のどこを探してもそんなの見つからないとか。
ーーそれって、記憶がなくなるっていうより、たんに物覚えが悪いってだけじゃないの?やはり、そういうふうに言うか?かの女もほかの子と同じなんだろうか・・そう思うと少しがっかりする。ぼくが生まれてきてからこの世の中はどれだけの時間が過ぎていったんだろう。そしてこれからいったいどれだけの時間が過ぎるのだろう。静かな住宅街のなかにぽつりとあるその喫茶店のなかで、ぼんやりと考える。時間という貯金はいったいいくらくらいあるのか?それがお金では買えない程の貴重な物とはまだ当時のぼくは実感していなかった。