Fry me to the moon

男はその日何度目かの「儀式」をしていた。傍目からはただ手を洗っているだけの「それ」は、男にとっての日常の、やめる事の出来ないものだった。
まず三を三回数える。123、123、・・手はまだきれいになっていない。次にまた三を三回。男は手を洗い続ける。水道の前にかがみ、蛇口に必死になって手をもみあわせる。まだもう少しだろうか・・男は次の三回でやめようと思う123、123・・もう少しで解放されそうだ、男は最後の三回と心に念じて手を洗う。もし何かの拍子で三を二回でやめてしまうとそれはノーカウントになる。また最初からやらなければならない。そして、この「儀式」は必ず三の倍数回で終わらさなければならない。三を三回を唱えて、それで終える事が出来なければ次は六回目でないといけない。理由は無い。それが男がいつの間にか自分に課したルールだからだ。
離れた部屋でレコードがまわっている。”ワタシを月に連れていって、それってつまり恋してるって事よ・・”安田南の甘くかすれた歌声がきこえてくる。この曲が終わるまでに手を洗い終える事が出来るだろうか?男はそう考えながら手をうごかし続ける。
http://jp.youtube.com/watch?v=MUhTsqKyDLc