In the mood・・明け方に

カーテンが半分ほど開け放してあり、男は目を覚ました。薄日が差しているところをみるともう夜は明けたのだろうか。カーテンがそよそよと風にひらめいている。
男は不思議な感覚をおぼえた。それで目が覚めたのかもしれない。
あたりに音はなかった。まったく音というものはなかった。ただ、カーテンがひらめいている。
夢の続きを見ているのかと一瞬男は思う。しかし夢を見ていた記憶はない。
あたりはただ静寂に包まれているようだった。
いなかの住宅街とはいえ、なんらかの物音は聞こえてしかるべきだった。だが、音というものは一切なかった。
こういう目覚め方もあるのか、と男は思う。薄い光の中で揺らめくだけのカーテン。そして無音。
こういう感覚をなんというのか?男の持っている貧しい語彙ではそれは単語にならなかった。言葉では謂うことのできない時間がそこにはあった。
「イマダレカイマセンカ?」「ダレカソコニイルノデハナイデスカ?」
声にはせず、男は思わずつぶやいた。
男はそれまでにもそしてそれからも、その経験を二度することはないように予感した。
事実、その予感はいまも続いている。
事実、いまもそのような静けさを男は知らない。