STORMY WEATHER ・中華街で

台風が来るらしい。まだ、電車は止まらないだろうがそのまま直帰して良いといわれて、関内で電車を降りた。方向はわかっているつもりでも、これから出向くところには気が重い。数年前に思い出したくないことがあった辺りだからだ。そのせいでもないだろうが、男は方角を見失った。坂の上に八百屋があり、そこの娘にこれから行きたい店の名を告げるとやわらかな微笑とともに指を指し示した。
雨が強くなってきた。中華街ではかなりの老舗のその店もさすがに来客は少なかった。案内を請うとすぐに裏口からその建物の最上階に案内された。店内の内装よりもよほど豪華な調度品で囲まれたその部屋には、奥の窓際に店のオーナーらしい恰幅の良い老人と、その部下らしき3人の中国人が息をひそめて男のほうを見ている。突然、老人とその男たちが中国語で何やらまくしたてる。こちらの要件を老人に伝えているのだろうが、男には会話の内容が全くわからない。
3人のうちの一人がたどたどしい日本語でこちらが納入したものについての不満をいう。請求書の金額はとても払うつもりがないという。男が持参した領収書にはしかしもうその回収すべき金額が印字されており、男にはそれを訂正することはできない。その説明を男は何度もしなければならない。不良品を納めているわけではない。不満な点があったのなら何故いままでそれを言ってこなかったのか、と。
男は上司に直帰してよいと言われた本当の意味がその時わかる。簡単に帰れる仕事ではなかったのだ。
台風はいまどこまで来ているのだろう。男はぼんやりと窓のほうを見る。
中国語と日本語の入り混じるその部屋からは、当面帰れそうもない。
外の雨は風と共にますます激しくなってきたようだ。