星屑・センター駅

停車のアナウンスも無く、静かにドアは開いた。私鉄を乗り継ぎその駅まで来ながら、男は一瞬降りるのをためらった。子供を連れた若い夫婦、女子高生の一団、老齢のご婦人などが次々と降りて、男が最後になった。乗り込んでくるサングラスにひげを生やした男が、ちらとこちらを向く。
男はのろのろと誰もいなくなったホームを歩き、出口に向かう。もう夜はすぐそこまで這うように来ているようだった。
駅前にある広場の向こうには、慎ましやかな規模の百貨店がこれも慎ましやかなイルミネーションを道行く人に向けていた。季節は春から初夏にむけて揚々と動き始めたところだった。男はそれでも薄いコートを羽織り目的のビルまで歩く。その百貨店とはちょうど反対側に出来たての集合ビルの2階が、男の行く場所だった。いや、正確には行くべき場所のはずだった。少なくともその年の春までは。
その年のはじめに男には辞令が下った。Y市のその新築ビルへ異動し、新しく出来るセクションの責任者となるはずだった。それから2ヶ月後、そのために男がした人選を、そのまま退職者リストに書き換えざるを得ない変化が男の勤め先には起っていた。男の上司は男に5人の退職者を選出する事をせまった。つまりそれはその新規事業からの撤退を意味していた。男の判断は間違ってはいなかったはずだった。そのリストに自分を入れた事も含めて・・
その集合ビルはひっそりとして建っていた。まるで世界から孤絶したかのように。夜がいよいよ迫る。ビルの上にも星は幾つとなく輝きはじめた。