終末の迷路

いや、「終末」などというコトバを簡単に使うものではない。しかし、当時、その男にとっては、その病院の通路は迷路のように思えたし、また、ある意味、その男にとってそれは終末のように思えた時期の始りでもあった。市立病院の、申し訳ばかりに掲げられた案内板を頼りに、たどり着いたその病室の奥に医師は座っていた。3畳ほどの小さな部屋で、机とPCが一台。その医師の眼鏡は常に曇っており、厚いレンズを通して無表情の眼だけがこちらに向き直った。男はマウイ島で書いたノートを持参していたが、結局それを開こうとはしなかった。男には語るべき何かがあり、伝えるべき何かがあるはずなのだが、そのどちらもがそのノートに記されているとは思えなかった。エアコンが静かに、僅かばかりの冷気を医師と男の真ん中に送っていた。