幼児の記憶

人は生まれてからどのくらいのところまでで記憶が留まるのだろうか。世界はまだ現実と天上界とが未分化で、オトナたちの上には天使たちが飛び交っているような幼児期の記憶は、やはり留めておけないようになっているのだろうか?

その男は、暑い夏の日に金盥で水浴びをしている自分を記憶していた。
盥の周辺の縁の部分に、小さな穴が空いており、そこにも水が張り付いているようだった。それは直径1センチほどの小さなもので、水はそこに膜を作ったのだった。
「これってたしか”ひょうめんちょうりょく”っていうんだな、みずのせいしつのひとつ」
とその幼児は独り言を言った。それをまわりのオトナたちにしゃべると驚かれるから、いまは黙っていよう・・
と2歳になったばかりのその幼児はわきまえていた。