1967年初夏

「あれは絶対に夢なんかじゃない」少年は幾度もそう思う。思いつづける。あれは三鷹の団地に住んでいた小学校3年生のときだった。妙に寝苦しく、薄い布団をはいで起き上がった少年に聴こえてきたのは、奇妙な金属製の物体が夜空に浮かんでいるときに発する高音のキュインキューウンという音だった。そうか、やはり「本物」もこういった音を出すんだな。テレビで言っていた事はウソじゃなかったんだ・・と、少年は妙に冷静に納得した。「一基だけじゃないぞ」少年はそれを確信した。しばらくその金属音を耳を澄まして(というより、それはかなりの大音量に思えた)聞くうちに音色の違いとか、あるいは聞こえ方が至近距離の物とそうでない物との区別がつけられるようになってきた。なにしにやってきたんだろう。かなりちかく(というより少年の住む団地棟の真上近く)にきているぞ。こんな非常事態になぜ大人たちは黙っているんだろう?いくら真夜中と言っても大人たちが一人残らず眠りこけている訳は無いのに・・少年の疑問は、この大音量の金属音を響かせて「それら」がやってきている事実よりも、むしろそのことのほうが不思議でならなかった。それともぼくは夢をみているのかな?少年は一応その疑問を小さく声に出してみた。しかしそうでない事は少年自身が一番良く分かっていた。

少年はそれからも考えつづける。すでに十分なオトナになってしまった現在もなお。あのとき「それら」の誘いを受けて団地の窓を開け、「それら」の乗り物に乗り込んでいたなら、今の人生は相当に違っていた物になっていただろうことを・・